イラク国際戦犯民衆法廷(ICTI)
不正義への怒り―個別意見(阿部浩己)
2005年3月5日

1 法廷意見にすべて同意するとともに、ここに、民衆法廷たる本法廷の意義と日本国憲法9条との関係につき、補充的に個別意見を申し述べる。

2 本法廷に提出された多くの書証および証言が雄弁に照らし出したように、2003年3月に始まったイラク侵略によりおびただしい数の人間の生命が奪われることになってしまった。身体や精神に深刻な損傷を受けた者、生活の基盤を壊滅的に破壊された者など、国際法に幾重にも違反する力の行使がもたらした爪あとはすさまじいばかりである。本法廷では、侵略の露払い役を担った国連主導の経済制裁が、イラクの人々にすでにして甚大な被害を及ぼしていたことも実証された。公衆衛生を専門とするロンドン大学のイワン・ロバーツ教授の推計によれば、経済制裁が奪った命の数は200万に及ぶという。これに、国連の授権を受けた多国籍軍が圧倒的な力を行使した湾岸戦争による直接・間接の被害を加えるなら、いったいどれだけの人間がイラクにおいて限りある命や自由の光をかき消されてしまったのか、想像を絶するほどである。
 にもかかわらず、2005年2月3日に被告人ジョージ・W・ブッシュが米議会において行った一般教書演説は「自由な主権国家イラク」の誕生をひたすら祝賀する記念演説と化していた。イラクで引き起こされた未曾有の蛮行は、早くも過去の時間のなかに押し込められ、封印されてしまったかのようである。私たちは、こうした風景をいったい何度、見せつけられてきたことだろう。民衆法廷の魁ともなったラッセル法廷が裁いたベトナム戦争ただなかの1967年9月3日、米国の支配下にあった南ベトナムで大統領選挙が行われた。ニューヨークタイムズ紙は、べトコンによる脅迫にもかかわらずその選挙での投票率が83%を記録したことから、これにより南ベトナム政府の正統性が是認されたという米政府の見方をその翌日に伝えている。この選挙の「成功」は、ジョンソン政権の武力による関与がもたらしたものにほかならないとされていた。しかし歴史の物語を引き続き見ることができた私たちは、米政府の力による政策が実はまったくの虚構であったことを知っている。南ベトナムで高投票率を記録したとされる大統領選挙それじたいがいかに民主主義の理念から逸脱したものであったのかを知ることにもなった。あのときとまったく同じ物語の風景が、舞台をイラクに移していままた再現されているのかもしれない。
 それにしても、失われてしまった、イラクの人たちの命・自由・生活の足跡は、急ぎ足で進められる「復興」の前に力なく押し流されてしまうかのようである。少なくとも、先進工業国が描き出すイラクの現在の風景に、破砕された無数の人間を振り返るスペースは用意されていない。なぜ、傷つき命絶えた人間たちの姿は私たちに見えなくなってしまうのか。なぜいつも、抽象的な「復興」や「未来」という言葉によって、具体的な人間の「被害」や「過去」はかき消されてしまうのか。ベトナム戦争の時がそうだったように、そしてアフガニスタン侵略の時もそうだったように、今回もまた、被害者を不可視化する二つの強力な政治力学が作用していることを知っておかなくてはならない。
ひとつは、国際法の最大のイデオロギーともいうべき国家中心主義である。国家という制度を通じてすべての事象を描き出すこの認識枠組みのなかで、人間の生活はまったく見えなくなってしまう。より精確にいえば、国家の政治・経済過程にかかわる支配エリート以外の人間は法の外にまるごと放り出され、その存在は法的に無に帰してしまうのである。ちなみに国家中心主義は、戦争が国家以外の存在によっても担われているという事実を覆い隠す効能ももつ。イラク侵略の重要な一側面をなしてきたのは「戦争の民営化」、つまり被告人たちの武力行使はと占領は戦争をビジネスとする企業/兵士によっても担われてきているのだが、頑強な国家中心主義の思考枠組みによってその事実はきわめて見えにくくされてしまっている。
もうひとつは、欧米中心主義である。欧米的なるものを中心に据えたこのイデオロギーのもたらす最大の病弊は人種差別である。欧米的なるものを進歩とみなし、非欧米的なるものを劣悪とみなすこの認識枠組みがあればこそ、ベトナムでもアフガニスタンでもイラクでも、あれほどまでの蛮行が可能になったのである。湾岸戦争、経済制裁、そして侵略・占領と引き続く一連の犯罪遂行過程のなかでかき消されてしまった人間たちの命・自由は、それを命じ実行した人びとの命・自由と同じ価値をもつものとは考えられていなかった。本法廷で立証されたファルージャ虐殺もアブグレイブ収容所での虐待も、イラクの人々を劣等な存在とみなし、あるいは「非人間化」しなくては起こりえなかったことである。デイジーカッター、クラスター爆弾、劣化ウラン弾といった大量破壊兵器が遥か上空から地上めがけて投下されたとき、その先に待ち受けているだろうと想像された存在は、人間として同じ価値をもつ存在などではなかった。
こうしたあまりにも非人間的で人種差別的な認識が、本法廷で裁かれたすべての犯罪を貫いていたことを確認しておかなくてはならない。しかしもうひとつあわせて確認しておくべきは、こうした差別的な認識によって支えられる時代があったにしても、国際法がいまではその規範的な姿を大きく変容させているということである。幾分かの楽観主義を交えノーム・チョムスキーが繰り返し説くように、人間社会は、とりわけ民衆の声を媒介にしながら確実にその姿を変えてきている。帝国主義によってその全貌を覆われていた時を経て、国際法もまた、民衆による果敢な働きかけを媒介に、暴力的な規範体系からの脱却を推し進めてきた。特に第二次世界大戦を経て、戦争は全面的に違法化され、さらに人間の尊厳の保護に向け、国際人権法や国際人道法、国際刑事法の形成がもたらされている。植民地支配も違法化され、人種差別や、女性差別を含むあらゆる差別も国際法上許容される余地はなくなった。国際法は、国家/支配エリート、欧米を中心とする暴力的な法から、市民/民衆を中心とした平和的な法へと、20世紀後半に大きく規範的に舵をきったのである。
むろん、現実の力関係のなかで、こうした国際法の理念は実現されないことがあまりにも多いことは事実である。侵略のさなか、新自由主義の実験場のごとくイラク国営企業の完全民営化という法的にはありうべからざる事態がまたたくまに進行してしまった情景を前に、その感をいっそう強くする向きも少なくあるまい。しかし、このようなときにこそ、市民/民衆が声を上げなければならない。国際社会のルールである国際法は、国家/支配エリートだけのものではなく、また、国家/支配エリートだけが作り、解釈するものでもない。国家/支配エリートが国際法を実現すべき本来の責務を怠り、それどころか、国際法に公然と違反する営みを積み重ねているとき、市民/民衆の果たすべき役割はいっそう大きくなる。市民/民衆が沈黙するとき、国際法は再び19世紀に逆行するかもしれない。むき出しの力と差別に覆われた国際法の姿が再び公然と生起することになるかもしれない。そうした国際法の改編・逆行を阻止し、市民/民衆を中心とした平和的な法としての位相をさらに拡充していくうえで、本法廷の存在はことのほか重要であると考える。
本法廷は、米英や日本が推し進めたイラク侵攻・占領が、たとえ形式的に国連安保理の容認を受けたように見えたとしても、本質的に侵略であり続け、また国際社会における最も重大な犯罪の数々にまみれたものであったこと、そしてなにより、そうした犯罪についていったい誰が責任を負うべきなのかを歴史に深く刻み込む意義をもっている。それはまた、失われた無数の命・自由を弔うささやかな法的営みでもある。裁くこと、真相を究明すること、そして救済すること。本法廷は、こうした行動を求めることにより、消え去っていった人間たちの眼差し、そして劣化ウラン弾などにより今なお苦しむ無数の被害者たちへの揺るぎなき連帯を表明する場でもある。

3 2003年3月17日、被告人ブッシュは、全世界に向け「脅威は明白だ」と宣言した。抑圧されたイラク人民を解放する使命を担っているとも宣言した。そのいずれもが偽りであったことが本法廷の審理で明らかにされた。脅威を除去し、人びとを自由にするといって起こされた行動それ自体が最大の脅威と不自由を生み出すものであったことが明らかにされた。しかし本法廷が浮き彫りにしたのはそうした虚言の実相だけではない。見落としてならないことは、被告人たちの依拠する安全保障観がいかに狭隘なものであったのかが浮き彫りにされたことである。脅威があおられ、イラク人民解放の必要性が強調されるなかで、被告人たちが戦争を開始する遥か前から一貫して私たちに迫っていたのは、「行動するのかしないのか」という二者択一の判断であった。そして「行動しない」という判断が安全保障にとって致命的な損失をもたらすことから、「行動する」という選択肢しか実質的には残されていないことが説かれた。被告人たちにとって、「行動する」とは、武力を行使することにほかならなかったことはいうまでもない。
本法廷は、被告人たちが侵略の罪を犯したことを認定した。この認定は、安全保障にかかる選択肢を武力行使の如何に限定してしまうあまりにも狭隘な法認識を批判する判断でもある。「行動するのかしないのか」という問いかけは、「行動する」という選択肢と「行動しない」という選択肢の間に、実は無数の選択肢が伏在している事実を覆い隠してしまうものである。また、「行動する」とした場合にも、そこには武力行使以外の行動が含まれうるのだということへの想像力を封じてしまうものでもある。仮に脅威があったとしても、仮に人々を解放する必要性があったとしても、選択肢は二つに一つなわけではない。
武力を行使してはならない。紛争は平和的に解決すること。現代国際法上のこの大原則が求めているのは、武力を行使しないで済む環境を創り上げる絶え間なき実践の蓄積である。武力を行使するのかしないのかという単純化された枠組みに思考を封じ込めることは、平和志向の新たな国際法の潮流に根本的に違背する。そしてこうした新たな国際法の潮流こそ、日本国憲法の掲げる平和主義の理念そのものであることをここに改めて確認しておかなくてはならない。本法廷では、検事団や何人もの証人が、日本国憲法9条の要請を引き受け、平和を実現する多彩な方法のありかを見事に描き出してくれた。そのいずれもが、国際法における紛争の平和的解決義務の実質をなすものである。安全保障にかかる国際法を語るとき、私たちは、二者択一のレトリックにはまるのではなく、本法廷で開陳された豊かな平和実践の可能性を全面に押し出していくべきだろう。
本法廷では、さらに、イラク占領下におけるイラク国民の生活実態、とりわけ女性に対する暴力の実態も明らかにされた。女性たちにとって、米英日のイラク侵略は自らの安全を脅かす直接の要因ともなった。被告人ブッシュらが称える選挙を経て到来した新生イラクのなかで、女性たちの安全・地位はサダム・フセイン支配下の時よりもはるかに劣化したとの報告も刊行されている。被告人たちが作り出そうとしているイラクの新たな秩序は、そこで生を営む女性たちにとって、不安全・不安定の源といってよい状況になりつつある。それは、湾岸戦争の後に安全を回復したとされるクウェートにおいて女性たちの安全がいっそう悪化した事態と瓜二つでもある。戦闘や占領が終了すれば、選挙が行われれば平和・安全が回復されるという物言いは、国家中心主義に呪縛された思考以外のなにものでもない。国境が安定しても、政府が樹立されても、そこに住む人間たちが安全でないのなら、いったい誰にとっての安全なのか。新たな秩序が力によって押し付けられる場合には、これに対峙する新たな暴力の音色が高まることは必定である。
市民/民衆を中心に据えた平和志向の国際法は、国家やその周辺を固める政治・経済エリートの眼差しをもって安全というのではなく、女性や子ども、先住民族、外国人を初めとする、社会的に脆弱な立場におかれた者の安定なくして安全保障はありえないという考え方に立脚する。国際法における安全保障とは、いまや、国境や政府の安定ではなく、一人一人の人間が暴力や差別から解放され、経済的・社会的正義が実現される状態、と定義され得る。このような意味での安全保障を実現するには武力の行使は効果的でないだけでなく、むしろ不適切な手段となる。貧困を撲滅するのに武力はまったく役に立たない。こうした安全保障観もまた、日本国憲法9条を支える理念とそのまま重なり合うものである。20世紀後半に顕現した市民/民衆を中心に据えた国際法は、この意味で、日本国憲法9条の国際化にも等しく、また紛れもなく憲法9条に国際的正統性を付与する営みともなっている。

4 本法廷は、裁かれるべきあまりにも重大な犯罪が裁かれないまま放置される事態を容認できない市民/民衆の発意によって組織されたものである。しかし、個々の行為の法的評価にとどまることなく、犯罪遂行にいたる政治経済的背景を詳らかにし、また、証言や書証を通じ広範な被害の実態をみつめ、さらに平和を追求する市民の行動がいかに国際法の解釈の幅を広げうるのかを示してみせる場ともなった。今後は、世界各地で展開される民衆法廷とも連なり合いながら、本法廷の判断・勧告をベースに、さらなる営みを続けていかなくてはならない。
強制力をもたぬ民衆法廷の判決を実現することは容易ならざることである。しかし社会に対する働きかけのために英知を絞ることは、侵略の決断や虐待の実行よりも遥かに豊かな人間の営みであり、なによりそれは、本法廷の判決をまっさきに捧げるべきイラクの人々への最良の連帯の証となろう。本法廷の判決には、沸きあがらんばかりの「不正義への怒り」が込められている。本法廷の営みをさらなる行動につなげていくことは、人間の安全をめざす現代国際法および日本国憲法の平和主義を支える私たち市民の担う最も重大な責務のひとつであることを忘れてはなるまい。